■第16話「さわやかパパ物語(2007.8.21〜2007.9.2)全11話」
第一章『プロポーズ』
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この物語の登場人物を紹介しよう。
パパ 太郎 ママ 小百合 長女 ゆか 長男 たくま
脱サラした太郎が、奥さんと子供を抱え、貯金0から会社を立ち上げ、社長として成長してゆく姿を描いてゆく。危機をどのように乗り切り、夫として、父親として、経営者としてさわやかに生きてきたかを探ってみたい。
夫を陰で支え、経営者として成功させたママの言葉にも、注目していただきたい。
この物語で、初めてお父さんが主役となる。
太郎は、技術屋である。設計の仕事で、会社に勤めていた。山奥の旧家の長男なのだ。仕事も、結婚も、長男という立場を忘れた事がなかった。
恋愛をして、結婚しようと思っていた女性がいたのだが、どうしても、決断できなかった。今ひとつ、しっくりいかなくて、結局、別れた。太郎は、長男という責任感が強くて、母親と上手くやっていけれる女性を求めていたことに気付いた。
ふと、営業事務をやっている小百合という20歳の女性が気になった。仕事ぶりを見ていると、きちんと丁寧にこなしていた。部署は違っていたが、同じ会社なので、話すことはできた。思い切って、会社の忘年会を、民宿をしている実家でやることにした。
事務の女の子も誘い、その中に小百合もいた。太郎は母親に「あのチビの女の子どお?」と耳打ちした。母親が「いいんじゃあない」と答えたので、太郎の心は「この子と結婚しよう」と決まった。
付き合ってもいないのに、勝手に思い込んだ。行動は迅速!お正月に実家に誘い、近くの神社に初もうで。その後、鬼岩公園の帰りに、車の中で「結婚しよう」とプロポーズ。なんと不思議なことに、小百合は「はい」と答えた。こうして、とんとんびょうしに話が進み、忘年会から4ヶ月後、桜の季節に、実家で挙式となった。花婿24歳、花嫁21歳だった。
プロポーズされてから、あっという間に結婚式の当日となった。小百合は、早くこの家を出たかった。信仰心の熱い父親と母親なのに、口喧嘩が絶えなかった。姉と妹は、小百合ほど繊細ではなかったので、明るく過ごしていた。
ところが、小百合は、家が揉める度に、静かで穏やかな家庭が羨ましかった。結婚したら、絶対に守ろうと自分の心に誓った事があった。
(1)子供達の前で決して夫婦喧嘩をしないこと。(2)主人を立て、主人に逆らわないこと。
この二つのことを、密かに心に刻んでいた。ゆったりとした両親に憧れ、穏やかな男性を求めていた。
恋愛経験もなく、突然のプロポーズだったが、小百合の心の奥に隠されていたウェディングベルが鳴ったのだ。
当日は、白無垢姿の美しい花嫁さんを一目見ようと、沢山の村の人達が押し寄せた。すごい山奥の一軒家で、道が狭い為、細い畔道を花嫁さんは、トボトボ歩かなければならなかった。この時、初めて、嫁ぐ実感がして、父母を恋しく想った。
雷が鳴って、雨が止んだ時だったので、まるで狐のお嫁入りみたいだった。
太郎は、こんな山奥に来てくれた花嫁さんを、愛しく想い、大切にする事を決意した。
田舎の長男なので、結婚式は、太郎の自宅で行われた。花嫁衣装の小百合を見て、太郎はその美しさに、心を奪われ、幸せに満ち溢れた。
小百合は、太郎のご両親のゆったりして、にこやかな雰囲気が好きだった。太郎は、母親と小百合の何げない会話から「きっと上手くいく」と確信した。
無事、結婚式を終えた。そして、太郎の会社の近くのアパートに住むことになった。古くて、おんぼろアパートだけど、小百合は、文句ひとつ言わなかった。太郎は「すまないね。頑張って仕事して、もっといい所に住めるようにするから」と言った。
「大丈夫よ。きれいに掃除をするわ」と言って、すぐに動き出した。「素直な女の子だなぁ〜」と感心した。交際期間があまりにも短かったので、こうして、お互いに新鮮な愛を育み始めたのだった。
ある日、太郎は、仕事の事で、社長と口論になった。「俺の言うことが、聞けないのなら、お前はくびだ!」と怒鳴られた。太郎は、腹が決まったので、翌日、会社に辞表を出した。
この時には、既に、女の子が生まれて、パパになっていた。26歳のさわやかパパは「ゆかちゃん、パパねぇ〜社長と喧嘩して会社止めちゃったよ。今度は、パパが社長になるからな」と赤ちゃんに話しかけた。
ママにも、本当のことを話した。パパは、困った顔をして「どうして、止めちゃったの、明日から生活どうなるの?」と責められると思った。
意外なことに「いやだったんだから、やめたんでしょ。パパなら大丈夫よ」とサラリと笑顔で答えてくれた。
ママのこの一言で、新しく会社を立上げる決心をして、銀行から60万円借入れ、独立した。
貯金はあまりなかったが、技術屋だから何とかなると思い込んでいた。最初は、友人と一緒に仕事を始めたのだが、上手くいかずに、一年も立たないうちに、相手が辞めてしまった。
すぐに、お客様が見つかると思っていたが、現実は甘くはなかった。今まで、経験のある仕事は、ほとんどなくて、やったことがない仕事ばかりが舞い込んで来た。しかし、家族を食べさせてゆくには、仕事を受けるしかない。もう、後ろを振り向かないで、前に進んで行くしかない。長女の下に長男たくまが生まれていた。
慣れない仕事なので、土日も出勤した。子供達と遊ぶ時間もなかった。子供達の寝顔を見ながら「悪いパパだね。遊んでやれないけど、おおきくなったら、一緒に飲みに行こうな」
パパが帰ってきても、まだ小さいので、よそのおじさんだと思って、赤ちゃんは「ワァー」と泣き出した。
ママは「たくま!わるいおじちゃんじゃないよ。あなたのパパよ」と話しかけた。そのうちに、赤ちゃんは、泣きやんだ。
仕事も少なく、充分な生活費も稼げなかった。一か月、10万円くらいしか渡せない。サラリーマンの時の方が、給料が多かった。だが、ママは、不平不満を言わずに、内職を始めたのだった。小さい子供を二人見ながら、黙々と内職していた
パパも、早く帰ってきた時は、内職を手伝い、二人で頑張った。一個やって◯◯銭の世界だった。
内職は、少しでも生活費にと、色々なことをした。袋はり、部品の組み立て、封筒書きというように、単純作業だが手間がかかる。だが、手に入るお金は、僅かな金額だった。それを、みじめなことだという考えは、ママには全くなかった。
パパは、慌てず、騒がず、きちんと静かに仕事をこなしていくママの姿に心を打たれた。
「よし、今は、仕事が少ないけれど、頼まれた仕事は、きちんとやろう。そして、三年後には、社員を抱えれるようにしよう〜」と心の中で、目標を持った。
それからは、休む暇もなく働き続けた。新しい仕事を引き受けた時は、徹夜したこともある。それを、辛いと思ったことは、一度もなかった。
自宅とは、別の所に事務所を借りていたので、子供達と接する時間がほとんど無くなってきた。金銭的な苦労をママにさせたくなかった。がむしゃらに働いたが、誰からも文句を言われなかったので、すこぶる調子が良くなった。パパは、一途なところががあるので、上司と合わなかった。それが、ストレスとなり、会社を止めたのだ。
一匹狼となったが、自分の技術を磨き、取引先をどんどん増やして行った。だんだん一人では、こなせないくらい仕事量が増えてきた。三年後に、目標通り、社員を抱えた。
幼い子供を抱えたママを全く手伝うことが出来なくなってしまった。オシメを変えた事もないし、ミルクもやったこともない。「パパと遊びたい」という子供と、遊ぶ時間もなかった。さわやかパパは、育児を手伝うことが出来なかったことを反省している。
「仕事」と言って、夜はお客様相手に、柳が瀬で飲み歩く事もたびたびあった。飲み屋のママにも、もてるので悪い気分ではなかった。そちらのママは「社長さん、社長さん〜」と甘い声でチヤホヤしてくれる。若いパパは、飲んだ後、静かに帰宅して、うちのママと子供達の寝顔をみ見て、胸がいっぱいになった。
社員が少しづつ増えていった。経理をする人が必要となったので、内職をやっていたママに頼んだ。
「仕事が増えてきたので社員を増やしたよ。経理をやってくれないか?」と言ってみた。育児と内職に追われていたので、断わられると思った。
夕食のあと片付けをしていたが、パパの方を向いて「いいよ」と一言。意外な返事に驚いた。「本当にいいのか?助かるよ」と言うと、笑顔で「パパも頑張っているから、私も頑張るわ」と答えた。
本当に嬉しかった。ぺらぺらしゃべるわけでもなく、必要なことだけ話すタイプだった。
一生懸命仕事をして、人脈を作り、お酒も大好きになった。交際範囲を広げ、健康の為にも、ゴルフにも熱をあげた。
子供達やママの寝顔しか見れない時もあった。若くても、一応会社の社長なので、セミナーや講演会に出席して、経営者として学んだ。
「社長」という言葉が、ある時は心地よい響きとなったが、またある時は、大変なストレスとなった。
仕事を一生懸命やっているうちに、二人の子供は、スクスク育ってくれた。たくまは、小学校は、野球をやり、中学、高校は、陸上部のキャプテンをやった。スポーツ少年だった。
ところが、中学2年生に反抗期を迎えた。母親に対しての口の聞き方がひどかった。
パパは、滅多に怒ったことはないのだが、この時ばかりは、我慢出来なかった。父親の出番だと思った。
いきなり「たくま!ちょっと来い」と呼び付けた。ふてくされた顔で、廊下に出たら、真っ赤な顔をした父親が立っていた。「さっきの言葉は、なんや!いいかげんにしておけ!」と、大声で怒鳴った。彼は、身長も伸びて、父親と同じくらいだった。
たくまの顔は、みるみる赤くなって、こぶしをあげた。今にもなぐりかかりそうになり、ぶるぶる手が震えていた。父親はひるまなかった。瞬間に「殺されるかもしれない」という想いがよぎったが「やれるものならやってみよ!」と叫んだ。
子供に迎合せずに、父親の威厳を感じさせた。その気迫に押されて、こぶしを上げた手を下ろし、そのまま、後ろを向いて、思いっきり、壁を殴った。「バカーン!」という音と共に、壁に大きな穴が開いた。壁には、今でもその跡を残している。「夜中に金属バットで殺さんといてくれよ」と、言うと「そんなことはするか!」と答えた。
その後、反抗期を終えてからは、母親にも父親にも、敬語を使うようになった。真剣に向き合ったので「これでよかったのかな」と、今でも懐かしく思い出す事がある。
仕事が軌道に乗ってきた時にふと気付くと、娘のゆかが大学生になっていた。特別にかわいがってきた訳でもなかったが突然「フランスに語学留学したい」と言われた時には、手放すのが心配だった。
特に、反対した訳でもなかったので、彼女は、さっと一年間、フランスへ行ってしまった。しばらくしてから、娘のことが心配になり、夫婦でフランスのニースに飛んだ。
まじめに学んでいることを知り、胸をなでおろした。親子三人で、楽しいひとときを過ごす事ができた。
飛行機がフランスを離陸した時、真っ暗な陸地を見下ろし、こんな見知らぬ異国に娘をおいてゆくのかと、胸がいっぱいになってしまった。
留学を終えて、大学を卒業してから、ママが始めた喫茶店を手伝った。しばらく、会社も家庭も平穏だった。
ある日「お父さん、私、結婚するから〜」と娘から告げられた時には、愕然とした。どんな男を連れてきたとしても、ショックには変わりなかった。結婚することが決まった時は、やけ酒を飲んだ。
今まで、朝帰りしたのが二回だけ。一回目は、若い時だったが、飲み屋のマスターと徹マンしたが、この時、初めて女房に叱られた。そして、今回、娘の結婚話におもしろくなくってやけ酒をあおった。
飲み屋のママとカラオケへ行って、飲んで歌いまくり、朝まで遊んだ。この時も叱られた。「いつまでやけ酒のんでるの?飲酒運転はだめよ!」と釘を刺された。娘を持った父親というものは、やるせないものだ。やっと美しい花が咲きかけようとしたところなのに……。あーあ、寂しいなぁ〜悔しいなぁ〜とパパは独り言〜。
やけ酒を飲んで、どうにか娘の結婚を受け入れなければならない気持ちになってきた。
「彼はね。お父さんと似ているのよ〜」と娘に言われた時は、複雑な気持ちだった。何だかショックだった!変な感じがして「そんなことあるか!」と思った。結婚が決まって、よくフィアンセが来るようになり、一緒に食事をしたり、飲んだりするようになった。「なるほど僕に似ているところがある」と悔しいような嬉しいような、微妙な気持ちに襲われた。
いよいよ、結婚式の当日となった。美しい花嫁衣装に身を包まれた娘が眩しいくらいだった。「人前で絶対泣かないぞ」と堅く心に誓った。
涙を出したら溢れ出して止まらないだろう〜こんなめでたい席でそんなみっともないことは止めよう。喜びの席なんだから、娘に恥をかかせてはいけない〜
さわやかパパの心は、グチャグチャになりそうだった。必死でこらえていたのに、鼻水がでてきた。鼻を噛んだら落ちついて来た。
無事結婚式が終わった。ほっとして、肩の力が抜けた。
その後、初孫が誕生した。子供のオシメが変えたことがないというのに、孫のオシメは変えることが出来た。娘は平気で「お父さん、オシメかえて」と簡単に頼んだ。「育児って、大変だなぁ」と、初めて、自分達を育ててくれた実母に想いを馳せた。「おふくろは、僕を頭に、4人の息子を育ててくれたんだなぁ〜」と感謝の気持ちでいっぱいになった。
初孫で感動したのだが、それからも、次々に男の子が生まれ、かわいかった娘も、今では、立派な三人の男の子の母親となった。娘は、実家に頼る事なく、育児をしているが、これもまた、嬉しいやら〜寂しいやら、複雑な気持ちなのだ。
二人の子供が、大人になり、娘は、結婚して、子育てに励んでいる。息子は、東京の大学院を卒業して、就職した。父親とは違う道を選んだが、芸術的な才能を磨きながら、仕事に力を入れている。
これで、それぞれが道を選び、歩み続けているので安心だ。父親としての第一段階を終わり、第2段階に入ったようだ。
子供の前では、パパ、ママと呼び合っていたが、孫ができてからは、なんだか照れくさい。
女房は、子供達のママから、喫茶店を経営するママに変身した。会社の経理は、結婚以来、任せている。喫茶店は、ビジネスというよりは、趣味でやっているようなものだ。
芯がつよいので、彼女に何回も助けられたような気がする。急に、社員にやめられ、困っていたが「いいんやないの。やめたい人なら、やめたって〜またいい人が、きっと入ってくるよ。0から始めたんだから、また、やり直せばいいんじゃないの」と一言。
「あっ、そうか!そうだったなぁ〜0どころか、マイナスから始めたんだから〜こわいものはないなぁ」と、思い直し、勇気を出した。社長は、どこまでいっても孤独なものだ。
こんな時に「どうするの!」と責められたら、間違いなく、自信をなくしていたに違いない。そして、ありがたいことに自由に遊ばせてくれた。お陰で、毎週ゴルフに行けたので、グングン上達して、ハンディ「7」までになった。仕事もゴルフも楽しくなってきた。
大きくても、小さくてもビジネスは、厳しいものである。自分自身の会社は、不況の波にさらされながらも、それなりに頑張ってきた。ところが、女房が始めた喫茶店の方が少々気になるようになってきたのだ。
最初は、主婦層だったので、安心していたのだが、だんだんいろいろな人々が訪れるようになって来た。子育てをやってきたママが、お店のママになったので、全くの素人で、他人を疑うことを知らない。
「おっとと、何だかあの人うさんくさいぞ。オーナーの主人だとわかっているのに、ちゃんと目を合わせて挨拶をしない。挙動不信のところがある」とママに注意をしたこともある。
だが信じる事しか知らないママは「パパ、大丈夫よ。みんなを救う立派な先生よ」と言うのだ。また、ある時は「あの女性は誰だ。何だかあやしい匂いがするぞ」と言うと「有名な作家さんよ。ほら、素晴らしい絵も買ってお店に飾ったわ」と嬉しそうに答える。
恋と同じで、夢中になってしまっては、何を言おうが聴く耳をもたない。「仕方ない。しばらくは、ママを信じて、見守ることにしよう」と心に決めた。
ゆるぎない信念を持ち、「喫茶店を開く」という夢を実現したのだから、静かに見守ることにした。しかし、やはり、心配は的中した。初めて、ママもおかしいと気付いた。
「パパの言うとおりだったわ。私は、他人を疑うことを知らなかったわ」と一言呟いて、落ち込んだ。しばらくの間、体調も悪くなり、仕事をするのも辛そうだった。
「人の心なんて簡単にはわからないさ。子供達のママが喫茶店のママになったんだから、痛い目にあっても仕方ないよ。また、頑張ればいいよ」と励ました。パパのこの一言で、またママは元気を取り戻し、仕事に励んだ。庭には、美しいバラを植えて、お客様に喜んでいただくように、毎日手入れしていた。
お花が好きな人、コーヒーが好きな人、音楽が好きな人、ゆっくりしたい人達がまた喫茶店を訪れてくれるようになった。ママは、苦い思いをしたお陰で、経営者としても成長できた。夫婦でありながら、お互いに経営者として、仕事に励む毎日が続いている。
ミニバラでは、嫁舅戦争、夫婦喧嘩、離婚、家庭崩壊など家族問題と長年関わってきた。今の私の夢は、ラブラブ夫婦が増える事だ。
両親の争い事を見て育った青年が「結婚なんてしたくない。父親の怒鳴り声と母親の愚痴を聞くのに疲れた」とポツリと呟いた。その顔は、とっても寂しげだった。
若い素敵な女性が「結婚したいけど頼りになる男性がいない」とやはり寂しげに囁いた。
さわやかパパとママのラブラブ夫婦が、こうした若者達の憧れになる事を願って、この物語を書いてきた。
女性が仕事を持ちながら、家庭を築こうとすると夫の協力が必要となる。
夫が仕事で力を存分に発揮しようと思うと妻の協力が不可欠となる。
お互いに、困難にぶつかった時に支え合い、喜びを分かち合える存在。
さわやかパパとママは、呼吸がぴったり合っている。さわやかさと温かさが、自然にまわりを包みこんでくれる。
ママは、喫茶店を日曜日休みにした。二人の子供達が巣立った今、夫婦の時間を大切にすることにした。パパは、日曜日は、初めてママを独占できると大喜びである。さわやかパパの心には、今日も笑顔の花が咲いている。
きっとんとん〜最後まで読んでいただいてありがとうございました。
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