■第11話「おもしろばあちゃんと長男の嫁さん(2007.5.30〜2007.6.6)全8話」
第一章『車のナンバー』
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これから始まるのは、嫁姑物語。嫁さんの名前はちーこ、58歳。姑の名前はきよ92歳。ご主人は自営業。ちーこさんは大手の保険会社に勤めている。
このお嫁さんは、ご主人の両親に気に入られて、嫁いで来たのだった。本が大好きで、勉強家で物知りな姑だ。普通の家庭とちょっとちがう会話が交わされる。聞いていると思わずクスッと笑ってしまった。
たとえばこんなこぼれ話。嫁のちーこさんは、会社に勤めながら、趣味でヨガを教えていた。
ある日のこと。友人が三人来て、お茶を飲んだ後で「失礼します」と帰って行った。
「ちーこちゃん、あのナンバー9990の人は、土曜日にヨガに来ているね」と言われた。「そうだよ。おばあちゃんよくわかったね。どうして?」と聞くと、「うちに来てくれる人の車のナンバーは全部覚えているよ」と答えた。
ちーこさんは、私の親友。家に伺った時、嫁姑の会話がおもしろかったのでメモしておいた。いつも、嫁姑戦争の悩みを聞いている私にとって、新鮮で心地良い会話だった。
「おばあちゃん、これから仕事だから、夕食の準備お願いね」と長男の嫁さんは、バタバタしながら、大きな声で話しかけた。「はい、わかりました」「あっ、そうそう、ご飯を炊く時に、こんぶを一切れ入れといてね」とおばあちゃんの耳に聞こえるように、ゆっくり話した。「はい、わかりました」
「ご飯が炊き上がっても、そのこんぶを捨てないでよ、私が食べるから〜」「はい、わかりました」
「おばあちゃんは食べちゃダメよ。こんぶは堅いからおばあちゃんの歯では噛めないからね」と言うとまた「はい、わかりました」と答えた。
嫁さんは、まだ言い残した事があった。「あのね、おばあちゃん、こんぶは、花壇にまいたらいかんよ。こんぶをまいても、生えないからね。わかった!」と念を押した。
92歳のおばあちゃんは、突然体調を悪くした時があった。「ちーこさん、私はもうダメかもしれません。遺言を書いたので、見ておいてね。あなたに世話になったから、100万円小遣いあげるから、好きなように使いなさい」と言ってくれた。
「本当?嬉しいわ〜私ね、自分の部屋がほしいの。おばあちゃん作っていい?」と言うと「それなら100万円では足りないかもねぇ〜足りなかったら言って下さい」「まあ、嬉しい!おばあちゃん大好き!」と嫁のちーこさんは、答えた。
翌朝、ちーこさんは、おばあちゃんの様子を見に行った。そっと、ドアを開けると今にも死にそうな顔をして「きよしちゃん〜きよしちゃん〜」とうなされていた。
「おばあちゃん、きよしちゃんって、あの歌手の氷川きよしのことなの?」
「そうです。ちーこさん、私はきよしちゃんが好きなんです」とおばあちゃんは言った。「じゃあ、氷川きよしさんのコンサートにいきましょ〜長生きしないときよしちゃんに会えないよ」とちーこさんが語りかけた。
おばあちゃんは、ムクッと起き上がって、枕元にあった遺言書をビリビリ破り始めた。「おばあちゃん、せっかく書いたのに、何で破っちゃうの?」「きよしちゃんに会いたいから、私は死んでなんかいられません」と言い切った。
その後、不死鳥のように蘇り、氷川きよしのコンサートに出かけれるようになった。
コンサートから帰ってくると「きよしちゃんは、礼儀正しくて素晴らしい人だわ。素敵だわ」おばあちゃんね顔は、少女のように輝いていた。
ある晴れた日、おばあちゃんは、いつものようにかかりつけの病院へ行った。すると診察を待っている患者さんは、口々に病院の噂をしていた。
「00病院は良かったよ。あそこの先生はやさしいわー」と聞くとすぐそこに行きたくなってしまう。
その日も病院のはしごをした。そして、いっぱい薬を抱えて帰ってきた。その顔は嬉しそうだった 。
長男の嫁さんは「そんなに嬉しがって、何かあったの?」
「そうや、いくつかの薬をもらったよ。」と言った。「ちーこさん、ちょっといらっしゃい」と呼ばれた。行ってみると、おばあちゃんは、薬をいっぱい持っていた。
「これは、若返りの薬なんだって!私も飲みますから、ちーこさんも飲みなさい」と言われた。お医者さんも、このおばあちゃんに、手を焼いているのかもしれない。
「えつ、おばあちゃんの薬を飲むの?」と呆れてしまった。その後、おばあちゃんは、病院で叱られたそうだ。「あちこち病院に行くんでしたら、ここにはもう来ないで下さい」と。
ちーこさんは、仕事をしていて、ふと腕時計を忘れたことに気付いた。お昼休みに自宅へ帰った。ドアを開けると、「助けてぇ〜助けてぇ〜」という叫び声が聞こえてきた。
「あの声は、おばあちゃんだぁ〜」と急いで家の中へと走った。ベランダで洗濯物を干す時に転んだらしい。顔中血だらけだった。
ちーこさんを見た途端「隣りの奥さん呼んでこい!」と叫んだ。おばあちゃんの頭の中には、長男や嫁の存在がないようだ。
隣りの奥さんが駆け付けて「おばあちゃん、もう大丈夫よ、私が来たから〜」と言いながら、手早く顔の血を拭き取った。「早く、救急車を呼んで!」と言われて、慌てて電話した。
救急車をよぶのは、初めての経験なので動揺していた。救急車で運ばれたが、手当てをしてもらって、入院することもなく家に戻れた。
体調が悪くて買い物に行けなかった時も、隣りの奥さんに注文をして、買ってきてもらっていた。ちーこさんには、信じられない事だった。
おばあちゃんの頭の中には、「長男や嫁は働いているから、電話したらいかん」と思い込んでいるようだ。
ある日のこと。おばあちゃんは、真剣な顔をして長男の嫁さんに話した。「あんた、絶対浮気せんといてね。私はあんたについて行くから〜」
「おばあちゃん、何で急にそんなことを言うの?するわけないでしょ!」とちーこさんが言う。 「あんたは、頭もいいし、きれいだし〜」とおばあちゃんは、心配そうだった。
50歳を過ぎて、誰からもきれいなんて言ってもらえないのに、姑からそんなことを言われて悪い気はしなかった。ちーこさんは92歳のこの姑とけんかしたことがない。おばあちゃんとうまくやるために結婚したようなものだと言っている。ムカムカしたこともあるが、おばあちゃんと一緒に旦那の悪口を言うとすっきりするらしい。
旦那さんにも、ちーこさんにもよく手紙が来る。おばあちゃんは「私には、誰からも手紙が来ない」と寂しそうにポツリと呟いた。
それを聞いたちーこさんは、早速自分の部屋へ行き、手紙を書き始めた。左手にペンを持ち、誰の字かわからないようにした。会社の近くから、投函した。
「そういえば、実家の母も91歳。母も寂しいかも〜」と思い、実母にも手紙を書いた。
翌々日「ちーこさん、私に手紙が来たの。差出人の名前が無いけどあんたでしょ?」とおばあちゃんが、にこにこしながら言った。
「さぁ?誰でしょうねぇ〜」と、とぼけて答えた。実母も手紙がきたと喜んで、電話をかけてきた。
ちーこさんは、58歳。大手の保険会社に勤めて20年。昨年、勤続20年で、表彰され沖縄旅行を会社からプレゼントされた。これも、姑の協力があったからだった。女の子一人と男の子二人の子育てをしながらの会社勤めだった。
現在、姑92歳、実母91歳。二人は全く生き方が違う。姑は、舅が木工所を自営していた為に、経理を一切任されていた。請求書も住所録を見ないでも、暗記していたのでサッとやってしまう。仕事が手早く、頭のよい人だとちーこさんは驚いた。
実母は、すべてを兄嫁に任せて畑仕事に精を出している。義姉さんは「うちのことは心配しなくていいよ。おばあちゃんとは親子だからね」と言われた。ここには、嫁姑戦争は無く、もめたことは一度もない。
実母は、義姉に言われることを「うんうん、そうだね」と素直に聞いているだけだから、けんかにはならない。実母の愚痴を聞いたことがない。実父に仕えて、畑仕事と家事と子育てをやってきた専業主婦。
義母は、キャリアウーマン〜自分の力で人生を果敢に切り開いてゆく。
実母は、その時の人生の流れに身を任せ、流されてゆく。
ちーこさんは「どっちが長生きをするのだろうか」とずっと二人の母を見てきたが、どちらも長生きをしている。
義母は、今でも家計を握り、長男の嫁であるちーこさんに渡していない。「惚けるといかんから」と言って、今でも、スーパーに歩いて買い物に行き、食事の準備をしている。嫁にとっては、ありがたいようなありがたくないような〜複雑な気持ちだ。
目の前に老後のお手本が二人いるので、ありがたや、ありがたや〜。
さてさて、ちーこさんはどちらのタイプのおばあちゃんになるのかしら?
ちーこさんは、実母は義姉にお任せして、自分も義母と「親子になろう」と永年努力してきた。
会話は、嫁姑逆バージョンのようだけど、二人共それなりに気をつかいながら生活している。
92歳なので、ご飯の準備も洗濯も掃除も時間がかかる。忙しい時は、自分でやってしまいたいのだが、「ちーこさん、お願い!ご飯を作らせて下さい」とペコンと頭を下げられる。「惚けたらいかんでさせて下さい」と頼まれる。
先日も「おばあちゃん〜洗濯物を籠に入れとくだけでいいよ。私が干すからね」と言ったら、「お願いですから、私に干させて下さい」と丁寧な言葉で返された。
ちーこさんは「おばあちゃんは、自分が惚けて、家族に迷惑をかけるのが一番怖いんだ。時間がかかっても、できるうちはやってもらおう」と心に決めた。遺言を書いては「きよしちゃんを見に行きたいから死んどれん」と言いながら、破ってしまう姿をみて、ときめきが命を繋げていることを知った。
「氷川きよしショー」は女性の平均寿命を延ばしているのかもしれない。一年に2回、名古屋と岐阜のコンサートに出かけて行く。娘さんに手を引かれながら〜
帰って第一声が「きよしちゃんが、豆粒くらいにしか見えなんだ。もう、来年は、死んどるから行けれん」と言う。毎年、同じセリフを何回呟いたことだろうか〜。今だに「死んだらきよしちゃんを見れなくなるから〜」と言いながら、「氷川きよし」に夢中になってショーを見に出かけて行く。。
92歳の「ときめきばあちゃん」も凄いけど、これほど夢中にさせる「きよしちゃんパワー」は本当に凄いと思った。
ときめきばあちゃんは、今日も、家族の為にキッチンに立って、おいしい煮物の匂いに包まれている。
きっとんとん〜きよしちゃんに夢中〜おもしろばあちゃんと長男の嫁さんおしまい。最後まで楽しんでいただきありがとうございました。
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