■第10話「個性的なよっちゃんの物語

第一章『男の子誕生』

26年間子供の数が減り続けている。今日の子供の日の新聞に、15歳未満の子供の数は1738万人と掲載されていた。新聞は少子化の進行に歯止めがかからない状況だと伝えていた。

このような社会情勢にも関わらず、我が家は4人の子供を授かった。

この物語に登場してくる子は、水谷家の三男としてこの世に誕生した。たくさんの雪が降って、辺り一面が銀世界だった。雪が止んで、裏の山から眩しい光と共に太陽が昇り始めた。

私のお腹は陣痛が始まっていた。「あなた!家の前の道の雪かきをして欲しいの。早く!急いでね~」と私は慌てていた。目の前の国道は、除雪車が活躍して、車が走っていた。

だが、家の前の小径は、40cmくらいの雪が積もっていて、車が出れそうではなかった。私は焦っていた。

長男こうじ(3歳半)と次男なおゆき(1歳10ヶ月)の二人を実家の母に預けに行ってから、病院で3人目を出産する予定だった。だから私は、はらはらしていた。

パパは落ち着いていた。「大丈夫だよ。急ぐから~お前は子供達の準備と、入院の準備をしろ!」と大声で叫んだ。

痛いお腹を擦りながら、子供達に話しかけた。

「こうちゃん、なっちゃん、もうすぐ赤ちゃんが生まれるのよ。あなた達はお兄ちゃんになるのよ。ママが病院にいる間、パパはお仕事だから、おばあちゃんちでお世話になるのよ。おりこうして、おじいちゃんとおばあちゃんの言うこと聞いてね。わかった?~」と聞くと、二人とも「うん」と頷いた。

パパは、寒い中、外で雪かきを頑張っていた。汗を拭きながら、一時間くらいで道を開けてくれた。「さあ、みんないそげ!ママが大変だからな~」と言いながら車のエンジンをかけた。

その日の夕方6時58分病院で産声をあげた。体重3250g、身長50cm、胸囲32cmの元気な男の子が誕生した。

きっとんとん~オギャァ、オギャァ~(^-^)v~

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第二章『賑やか家族』

お兄ちゃん達が赤ちゃんをかまって、目が話せなかった。

自分達がお菓子を食べていると「赤ちゃんにもあげる」と言って口の中に入れようとした。「赤ちゃんってかわいい~かわいい」と、小さな身体で抱っこしようとした。二人ともまだ小さいので、手が掛かるし赤ちゃんの世話でいっぱいだった。

母乳だったので、夜中に何回も授乳しなければならなかった。

子育ての時期は睡眠不足が続いた。 パパは仕事の関係で出張して、家を開けることが多かった。 ご近所は自営業が多く、夏は海に冬はスキーにと、みんなで子供達を連れて旅行に出かけた。

母子家庭のような我が家は、とてもその仲間にいれていただけるような状態ではなかった。

こうちゃんとなっちゃんが「てっちゃんちも、やっくんちも、ゆかちゃんちも、海や山に行くのに、どうしてうちは行けないの?」と、私に聞いた。

「ごめんね。パパがお仕事でいないから、行けないわ。ママだけでは、赤ちゃん連れて行くことができないの」と答えた。

家の中ばかりでは、男の子のエネルギーが発散できない。何か良い考えはないだろうか? 子供達に淋しい想いをさせたくなかった。

「そうだ!前の川で泳がせ、裏の山でスキーをさせよう~」困ったことが起きると、私は「一休さんポーズ」をして座った。

頭の中で「チーン」と閃くとそれを実行した。よちよち歩きができるようになると、川へ連れて行き、思いっきり遊ばせた。3人とも、自然の中で、太陽の光をいっぱい受けて遊んだ。

きっとんとん~わぁーい、川だぁ~
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第三章『よっちゃんがいない』

2人のお兄ちゃん達に鍛えられて、優しくて物静かだけれども強い意思を持っていた。よっちゃんが、もうすぐ3歳になろうとする時、同じ1月にもう一人男の子が産声をあげた。4人とも男の子ばかりということで、家の中はまるで保育園のようになってきた。

それぞれの子が友達を連れて来るので、右を見ても左を見ても子供達でいっぱいだった。

主人が会社を経営しているので、子供達が寝てからは経理の仕事をしなければならなかった。

ある日、4男のあきちゃんをおんぶして、3人の子供達の手を引いてデパートで買い物をした。

ちょっと目を離したスキに、一人の姿が消えた。

長男のこうちゃんが「ママ、大変だぁ~よっちゃんがいない!どこかに消えちゃった!」と大きな声で叫んだ。 私は「どうしょう~誘拐されたんだったらどうしょう~!」と焦った。 みんなで、探し回った。「ああ、どうしょう」 背中の赤ちゃんが、泣き出した。

きっとんとん~はらはら、ドキドキ~
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第四章『ウルトラCで額から噴水

私は心配で心臓が破裂しそうだった。

必死に3男を探したがなかなか見つからなかった。「どうしよう?落ち着いて、落ち着いて~」と自分自身に言い聞かせた。もういちど、最初のところに戻った。

「あっ!」とピーンと来た。物静かな子だけど、遊びが大好きでみんなをびっくりさせる事が好きだという事を思い出した。

目の前にきれいな洋服を着て立っているマネキンのスカートをめくった。スカートの中ですくんで座っているよっちゃんの姿を見つけた。

嬉しさと共に心配から大声で怒ってしまった。「何をしてるの!急にいなくなったら、ダメじゃないの!」と怒鳴ってしまった。

遊んでるつもりだったよっちゃんは、私に叱られて「ママ~ごめんなさい~エーンエーン」と泣き出した。

弟を探していた兄達が、泣き声を聞きつけて走ってきた。

こうちゃんは「ママ、よかったね」と言いながら、よっちゃんの手を引いた。

なっちゃんは、笑いながら「なぁんだ、かくれんぼしてたんかぁ~」と言った。「そうなんだ、まだ3歳だから、嬉しくてかくれんぼだったんだ」と私も気付いた。急に怒鳴ってしまったことを後悔した。

背中で赤ちゃんが泣き、目の前でよっちゃんが泣いている。私も泣きたい気分だった。周りの人達もこちらを向いている。「さあ、もう泣かないでね。かくれんぼしてたのね。ママが怒鳴ちゃってごめんね」

よっちゃんは涙を拭きながら「うん」と言った。

それからも、ますます活発になり「ウルトラC、シュワッチ!」といってベッドに飛び込んだ。その時、角の木に思いっきり頭を打ってしまった。額から噴水のように血が飛び出してきた。あわてて近くにあったタオルて、吹き出している所に当てた。突然のことでまたもやドッキリ!パパはいつものように出張でいなかった。 4人を車にのせて、病院に走った。夜の出来事だった。

きっとんとん~またまたドッキリ!
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第五章『踊りが大好き』

噴水のように額から飛び出した血にドキドキしながら、女医さんに開いた口を縫ってもらった。 かかりつけの女医さんだったので、診療時間が過ぎていたにも拘わらず助けていただけた。

「男の子が、怪我するのは元気な証拠だね」と、サッと白衣に着替えて手早く治療された。怪我をするような子なので我慢強かった。「さあ、おしまい!痛い目にあうからこれからは、気をつけてね」とにこにこしながら、3男の頭を撫でて下さった。

パパがいない時ばかりに、子供達が病気をしたり、怪我をするので私はふらふらだった。4人も子供がいるので、大きな病院ではなく、近くにホームドクターを持っていたことが幸いした。 大人になった今でも、額には怪我の跡が残っているはずだ。この後も、みんなで夢中で遊んでいる時に、遊具にぶつかって前歯が折れた。すぐに、口から吹き出る血を拭きながら、近くの歯医者に飛び込んだ。こうして、4人の男の子を育てているうちに、だんだん腹が座ってきた。

泣いたり、怒ったり、笑ったりしているうちに、「育児」は「育自」と思うようになった。

この子達のお陰で私自身が、少しづつ「お母さん」にならせてもらえることに気付いた。はらはら,おろおろしていた私が、いつの間にか「肝っ玉かあさん」になれるような気がした。

よっちゃんは、音楽が好きで、踊りが大好きだった。幼稚園の発表会で舞台に上がると、ほれぼれするようなお遊戯をするのだった。音楽の世界に溶け込み、身体がリズムに乗って、妖精のように楽しく舞った。私は舞台で夢中に舞いをしている、よっちゃんの姿にうっとりした。

きっとんとん~うっとり~♪( ^o^)\(^-^ )♪~
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第六章『会場はシーン』

よっちゃんは幼稚園が大好きで、とくにイベントやお祭りを楽しみにしていた。年長になって七夕会には合奏があり、かなり難しい曲も入っていた。指揮者に選ばれたと大喜び。ハミングをしながら、鉛筆をもって練習をしていた。

いよいよ、本番の日となった。

「ちゃんと練習してたから、大丈夫よ。頑張ってね」「うん。ママ見に来るでしょ、早く来てね」というので「いいよ。できるだけ早く行くからね」と言いながら、幼稚園バスを見送った。急いで準備をして幼稚園に向かった。幼稚園生活最後の良い思い出になるように願っていた。

4男のあきちゃんは、年少のプログラムなので早く出番を迎えた。まだ小さいので舞台の真ん中で、始めから終わりまで泣いていた男の子もいた。大勢の前で緊張し、怖くなってしまったのかもしれない。担任の先生がなだめているうちに、泣いて終わってしまった。

年少の子たちはちゃんとできなくても、舞台に立った姿だけでも愛しい。

あきちゃんは泣かずに、何とか演技ができた。やれやれ終わった。 最後は、いよいよ年長の子供達の合奏だ。全員が舞台に登場した。最後のプログラムなので、お母さん達もほっとしたのかガヤガヤしていた。

楽器の準備も出来て「さあ、始まる」と思ったが、よっちゃんの指揮棒がなかなか上がらない。私は「どうしたんだろう?緊張して手が上がらないのだろうか?それとも、忘れてしまったのだろうか?」と心臓がドキドキしていた。

まだ指揮棒が上がらない~えっ何故!どうして?だんだん血圧が上がってきそうだった。ガヤガヤしていたお母さん達も「どうしたんだろう?」と静かになった。先生達もお母さん達も園児達もシーンとなった。会場全体が静まり、シーンとなった。

そのとき、よっちゃんの手の指揮棒がサッと上がった。

卒園児全員の心がひとつに溶け合い、美しい音色の楽器を奏でた。舞台と会場が心地よい音楽に包まれた。演奏が終わって全員が礼をした時、歓声と割れんばかりの拍手だった。園長先生は「さすが年長さんでした。素晴らしい演奏でした。皆さん、もういちど拍手を~」と褒められました。大きな拍手の中で、どの子もこぼれんばかりの笑顔でした。よっちゃんも嬉しそうだった。私も胸を撫で下ろした。

きっとんとん~シーンいつ始まる?~
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第七章『助けてくれる子』

幼稚園の七夕会が終わって、私はよっちゃんに聞いた。

「なぜ、サッと指揮を始めなかったの?」

「あのね、ママ~先生が練習の時に、みんながちゃんと揃うまで、始めちゃだめ!って言ってたよ」と答えた。

「誰か出来てなかったの?」と聞いたら「うん、たくちゃんの手がブラブラ動いていたから、動かなくなるまで待ってたの」

「あら、そうだったの。ちゃんと先生に言われたことを守ったのね、すごいね」と言ったら、にっこりして「外で遊んでくる」と言って駆け出した。

ある日のこと。次男のなっちゃんが「突然耳が痛い」と泣いたので、慌てて耳鼻科に走った。一人が悪いだけでも4人を乗せて、岐阜市まで行かなければならなかった。

小さな子供を残しては行けないので、「早く、すぐに車に乗って!」と言うのだった。

いつも、ゆっくりよっちゃんは、最後に乗った。30分くらい運転して、もうすぐ病院に着く時、私は大声で叫んだ。 「キャー、お財布を玄関の下駄箱の上に忘れてきたぁ~どうしょう」とハンドルを握りながら叫んだ。

子供達は、私の叫び声にびっくり~!

すると、よっちゃんが、にこにこしながら「ママ、大丈夫だよ。ママはあわてんぼうだから、ぼくのお金ポケットに入れてきたよ」

しばらくして、病院に着いた。よっちゃんは、ポケットからきちんと小さく折り畳んだ千円札を一枚手渡した。 「はい、ママお金貸してあげる。お年玉使わなかったの」と言った。 「すごいね。ママを助けてくれてありがとうね」と頭を撫でてお礼を言った。

まだ幼稚園なのに、なんて落ち着いているのだろう。ドジママを守る為に生まれて来てくれたのかもしれない。帰りに「今日は782円です」と言われ、治療費を支払う事が出来た。帰りの車の中で、二人のお兄ちゃん達が「すげえなぁ~よしひとは頭いいなぁ」としきりに褒めていた。子供に助けられた一日でした。

きっとんとん~キャーお財布がない~
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第八章『読書感想文

おとなしい子ではあったが活発に動きまわった幼稚園を卒園し、小学校に入学した。

初めての夏休みに読書感想文が宿題に出された。これがなかなか書けない。ひらがなは読めて書けるようになっていたのだが、感想文が書けないという。

「何か面白いこと、感じたことを書けばいいよ」と言っても「何も思わなかった」と答えた。課題図書があったが、確かにそんなに面白い内容ではなかった。夏休みの間に、他の宿題は出来ていたが、まだ読書感想文が残っていた。

長男も次男も、宿題は早く終わって遊んでいた。

次男のなっちゃんが「よしひと!そんなに難しく考えんとけ!サッと書けばいいよ」と教えてくれたのに「書けない~」という。

長男のこうちゃんが「僕が代わりに書こうか?」と言ってくれた。

よっちゃんは、鉛筆を持ったまま「ううん、僕が書く」と首を振った。

明日から学校が始まるという日なのに、まだ書けない。

二人の兄達は「おやすみなさい」と言い、布団にもぐった。 よっちゃんは、まだ原稿用紙とにらめっこ。やっと一枚目の半分くらいまで書けた時、「○をつけ忘れた」と言って、また全部消してしまった。時計の針がドンドン進み、12時を回り深夜になってしまった。

適当に私が教えて書かせようとしても、ガンとして「いやだ!自分でやる」と言って聞かなかった。そのうちに涙がポロポロ出てきた。左手で涙を拭きながら、頑張っている。まだ一年生になったばかりの子供に、読書感想文3枚というのは無理だと思った。やがて時計が1時を回ろうとした時「出来た!」と大声で叫んだ。母親の力も借りないで、一人で泣きながらやり遂げたこの時の経験が、よっちゃんの財産となった。

原稿用紙をみると、それはそれは、きちんと書けていた。6年生の時、青少年の主張大会で見事「最優秀賞」に輝いた。あの大粒の悔しい涙が喜びの涙に変わった一瞬だった。よっちゃんは、この時、大きなトロフィ-を手に入れた。

きっとんとん~涙ポロポロ~
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第九章『飛行機に乗って

兄達が空手とサッカーをやり始めたので、よっちゃんも同じようにやりたがった。

2人送り迎えしても3人しても同じなので、一緒に習わせた。

ところが、下へいくほど要領が良くて、負けず嫌いだった。

サッカーはそれぞれ学年でチームが別だったので、問題はなかった。ところが空手が大変だった。個人競技だったので、学年は関係なく昇段試験があった。三男は兄達よりうんと小さいのに同じように、進級してしまった。

私は嬉しい反面、困っていた。兄達にもプライドがあるからだ。長男はおっとりしていて、あまり闘争心がある方ではなかった。総領の甚六なのだろうか? いつも、マイペースだった。小学校6年生長男、5年生次男、3年生三男が、同時に初段の試験を受けなければならなかった。

内心「どうしょう、もし、弟が合格してしまったら~兄が合格して弟が落ちても仕方ないのだが~」と本当に複雑な心境だった。

結果は心配していたことが起きてしまった。長男が不合格で、次男、三男が初段に合格し、黒帯を手に入れてしまった。ショックを受けている兄を見て、弟達も素直に喜べなかった。主人も私も、長男の気持ちを考え、お祝いするのは延期した。

長男は随分落ち込み、しばらくの間、黙ったままだった。 翌日、「弟達に、おめでとうって言えない。ごめんなさい」とポツリと言った。「いいよ。悔しい気持ちはわかるけど、次の試験に頑張ろうね」と言ったら「うん」と頷いた。

半年遅れて、やっと初段に合格して、黒帯を手に入れた。私は、ほっとして嬉しかった。

その後、3人とも初段になれたので、ヨーロッパ親善試合に行くことになった。最年少のよっちゃんも、飛行機に乗ってヨーロッパに旅立った。

きっとんとん~飛行機で大空へ~
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第十章『新しい試練』

空手の「昇段試験」を受ける前に、私は指導していただいている師範に相談をしていた。

「3人一緒に受けないで、弟達を後に受けさせていただけないでしょうか?」とお願いすると「長男は、合格出来ると思うけど、二人の弟達は、一回では受からないと思うから、次の昇段試験に合格する為に今回受けさせてやってほしい」と言われました。

年々、審査基準が厳しくなってきているので、初めから合格は期待しないで欲しいこと。普段の練習で「大丈夫だ」と思っていた子が、当日力を出し切れずに、落ちてしまったこともあること。「三男は、まず合格できないので、おまけとして受けさせて下さい」と、思いがけないことを頼まれてしまった。「合格、不合格が問題ではなく、どんな結果になったとしても、試練だと思って、精神力をつけさせる」と説明された。

私自身も納得できたので、師範に言われたことを心に刻み、3人分の昇段試験を申し込んだ。 しかし、試験の結果は師範の予想を遥かに超えてしまった。

長男は、いつも仕事でいない主人の代わりに、よく弟達の面倒をみてくれた。私は会社の仕事をしていたので、長男を頼りにしていた。突然、大雨が降ってきて大きな雷がなった時も、小学生の長男が3人の弟達が怖がらないように遊んでくれていた。慌てて会社から戻ってきて「大丈夫だった?」と聞くと、「あきひさとよしひとが怖がって泣いたので、僕となおゆきで遊んでやったんだよ」と、はっきりと答えた。

師範に言われた通り、挫折や失敗を試練ととらえることにした。挫折すれば精神力がつき、悔しさは他の人を思いやる優しさに変わることを学んだ。この時、空手で味わった屈辱は、長男を大きく成長させた。そして、ヨーロッパ9か国の親善試合の厳しい試練が、たった9歳のよっちゃんの未来の基礎となった。

きっとんとん~未来へ翔ぶ~
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第十一章『家族の幸せ』

ヨーロッパ9か国の旅から帰ってきた息子達は、新しい経験と感動を胸に帰国し幸せいっぱいだった。

そんな中、一番下の一年生になったばかりの4男が急病になった。 主人と共に仕事で名古屋から福岡に移動した晩、電話がなった。 「あきちゃんの様子がおかしいよ。風邪薬を飲ませても効かないから、他の病気かもしれない。いつも元気なのに、だるいと言って寝ているよ~」と母の心配そうな声がした。 「明日、帰る予定だから安心してね。学校は休ませてほしいの」と頼んだ。

翌日、家に帰って早速大きな病院に連れて行った。すぐ入院だった。

腎臓の病気になっていて、その晩から絶対安静だった。2.3日は付き添えたが、後は子供だけの入院となった。子供の専門の病院だったので、日曜日,2時間くらいしか面会が許されなかった。毎週欠かさず面会に行った。会える時は嬉しかったが、すぐに帰らなければならない時間になってしまった。時間がアッという間に過ぎ去ってしまう。帰る時は、玄関のガラスの戸に、顔をピッタリくっつけて「ママ-~ママ-帰らないで~!」って泣き続けた。あきちゃんは、その時まだ6歳だった。

「また、来週来るから~」と言っても「いやだぁ~帰らないでぇ-」と泣き叫んだ。今でも目を閉じると、その時の光景が鮮やかに蘇る。初めて、「後ろ髪を引かれる想い」を経験した。

病気の説明をお医者さんから聞いた時、私は溢れる涙をこらえることが出来なかった。 家族全員で揃って夕ご飯が食べれることが、如何に幸せなことであったのかを痛感した。何でもない普通の生活が、奇跡的なことだと知った。 よっちゃんは「いつになったら、あきちゃん家に帰ってくるの?」と毎日のように聞いた。弟が家にいなくなって初めて、子供達は、賑やかな家族が幸せだったことに気付いた。

きっとんとん~ある日突然に~
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第十二章『運命』

幸福は準備をしたり努力をしたりして訪れてくるが、不幸はある日、突然やってくる。

足音も無く、突然襲いかかってくる。そして一つだけでなく、次々と不幸の波が押し寄せる。静かに、それらの波が去るのをじっと待つしかない。ジタバタしないで、できるだけ静かに~☆

この年は我が家にとって、厳しい試練の年となった。

4男の病気だけでなく義兄が急病で入院となり、治療中に42歳の若さで亡くなってしまった。社長だった義兄が天国に旅立った為、主人が会社を継ぐことになった。突然の運命により会社の経営者として、たくさんの社員の生活を預かることになってしまった。主人は、まだ若かったので、その時の心労は大変だった。

4男が病気になった。そして、私まで会社の健康診断で、胃癌の疑いがあると言われた。この頃、幼い二人の子供をこの世に残して、癌で友人が亡くなった。私は、義兄、友人を次々に失った時だったので覚悟した。万が一のことを考えた。

ある晩、外泊を許されて帰ってきたあきちゃんをおんぶして外に出た。

「ママ、長生きしてね。パパは出張でおうちにいないから、ママが頼りなの」と背中で呟いた。

この一言が私の心に響いた。

丁度、その晩は満月で星も美しく輝いていた。私は星に願いをかけた。「どうか、この子が18歳になるまで私に命を下さい。それまで命をいただけたら、ミニバラの活動で若者の力になれるような存在になります」と誓った。

幸いにも、ポリープは良性だった。この時の決意が今の活動に繋がった。 あきちゃんの外泊により家の中がパッと明るくなった。よっちゃんは「あきちゃん、あそぼ!」と言って、一緒にゲームをやり出した。兄達が、この時の気持ちを作文に書いた。弟を思いやる優しい気持ちが伝わってきた。いつになったら、この闇から脱出できるのだろうと思っていた。この時、味わった悲しみ、苦しみが、今の私の人生観を作り出した。

きっとんとん~闇からの脱出~
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第十三章『元気が一番』

私は疲れきった時も、子供達の寝顔に救われた。一年間の長い入院生活から、やっと開放されて4男が退院した。

4人が枕を並べて眠っている寝顔を見つめていたら、すべての欲が次々と消えてゆくのだった。それまで教育ママだった自分を反省した。私は、「この子達が元気なだけで幸せ」としみじみ思うのだった。あきちゃんの病気が段々良くなって、我が家も少しづつ明るさを取り戻していった。

主人も慣れない社長業に一生懸命取り組んだ。この時ほど、何でもない一日が最高の幸せであることを感じたことはない。平穏な毎日が続いた。

よっちゃんが中学生になってほっとしていたある日、学校から電話が入った。宿泊研修に3男が問題を起こしたということだった。担任の先生から電話をいただいても、私は耳を疑った。あんなにおとなしくて素直でにこにこしている子が、先生に叱られたということだった。

先生は「あれだけ、お菓子を持ってきたらいけないと説明してあったのに、よしひと君はガムを持って来て、みんなに配ったんですよ!」と声を荒げて説明された。熱心な若い方で、子供も私も大好きな先生だった。

「まさか、よしひとががそんなことをするなんて!」先生も私も驚いた。先生が注意をしてガムを食べた子全員を叱り正座させようとしたら、よしひとが食ってかかってきたという。

「僕だけを叱って下さい!僕が悪いんで、みんなは悪くない。僕があげたガムをみんなは食べただけだ!」その顔は、真剣で闘志をあらわにした。小学生では決して見せなかった顔が、中学一年生になった途端に個性的な顔を見せるようになってきた。これが、反抗期の始まりだった。

きっとんとん~元気が一番~
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第十四章『反省文を書いて』

四人もいると、学校の役員も当たる。子供の人数が多いので大役が回ってきた。もう、私だけの力ではこなせなくなってきた。

会社の仕事も大切なことはわかるけど、父親としての役目もあるはず~。会社の仕事、地域の行事、家事、育児、ミニバラの活動など~。私はすべてに疲れてしまっていた。

四男は、退院はできたもののまだ通院生活は続いていた。色々重なって私は、へとへとになっていた。よっちゃんは小学生の時は良い子してたけど、中学生になって次々に校則を破っていった。外国へ親善試合に行ったり、ホ~ムスティを経験していたので、自由に伸び伸び育っていた。特に細かく決められた校則に反発した。「なんでこんなところまで学校が決めなきゃあかんのや!」と言った。

よっちゃんは、漫画の本を持って行って見つかった。友達から違反のズボンをもらってはいていって、見つかった。髪の毛を茶色に染めて見つかった。先生もよく見つけて下さるものだと感心した。

中学一年生の時の担任の先生が、再び三年生も担任となった。この子が心配でまた担任になって下さったのかしら?

また電話がなった。「勉強の方は何も言いませんが、またやりましたよ」「えっ、なんでしょうか?」 「お母さん、気付いていないんですか?」 「はい、何かよしひとが?」と心配しながら答えた。

「僕の数学の時間に、窓から太陽の光が差し込み、よしひと君の髪の毛にあたったんです。茶色いんですよ!」

「ええ、あの子はオシャレで毎日ドライヤーを使いますので茶色になっています。もともと黒い髪の毛ではないんで~」

「違うんですよ。あれは明らかに染めていますよ」と私も叱られた。

「家に帰ったら、詳しいことを聞いてみて下さい」

「すみませんでした。良く聞いてみます」と電話を切った。

早速、聞いてみると、 「うん、友達の家が美容院だから、そこで面白そうなのでみんなで、染めてみたんだよ。かっこいいでしょ」とにこっと笑った。全く、校則違反を悪いと思っていなかった。

主人に話したら「弾けているから、怒っても効果がない。反省文を書かせて、床屋に行かせて五厘にして、つるつる頭にさせよ!」と言った。

よっちゃんは反省文を書いて「それだけはいやだ~そんな頭で恥ずかしくて学校へ行けない。ごめんなさい~もう二度としません。校則を破りません」と泣いて謝った。

「悪いことをしたら謝れば済むなんて思うな!態度で責任をとれ!お前は何度も校則を破った。勉強ができたとしても、行いが悪ければ何にもならん。人として恥ずかしい生き方をするな!明日、床屋へ行け!」 よっちゃんが、泣こうがわめこうが主人は、言ったことは取り消さなかった。その時、他の子供達も耳をすませて、息を潜めてじっと聞いていた。

きっとんとん~しまった!
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第十五章『覚悟』

よっちゃんの心は揺れた。髪の毛を全部無くすということは、彼にとっては想像もしていなかった。「なんでみんなは、日曜日に私服で映画を見に行くのにうちはいけないの?なんでみんなは、夜遊びをしているのにうちはいけないの?なんでみんなは大晦日も自由に友達と出かけるのに、うちは家族全員で初詣に行くの?~???なんでうちはこんなに厳しいの?」

「自由なあなたにとっては厳しいかもしれないけど、これは普通の事だよ。あなたが何と言おうが、あなたは水谷家に生まれたの。ここに生まれて来たんだから、お父さんの言う事を聞きなさい。納得が出来なかったらお父さんに言いなさい」と毅然とした態度で彼に接した。

「わかった!僕が悪かった。明日学校でみんなに笑われても、仕方がない。僕が校則を破ってきたんだから~お父さんに恥ずかしい思いをさせたんだし~じゃあ、床屋へ行ってくるからね」 と自転車に飛び乗った。

その時、主人は中学校のPTA会長だった。私は、よっちゃんの後姿を見送りながら、この中学生活3年間を思い起こした。次々に私を困らせ、次々に私を驚かせ、エネルギーを爆発させてきた。

長男、次男は生徒会長になり活動したが、彼は「僕は違うタイプなんで、応援団長になって勝つ」と言い切った。中学一年の時から、面白いコマーシャルがあると録画して研究した。三年生になった時、応援団長となり、今までにない振付を考え団員に徹底的に教えた。休み時間も、放課後も頑張った。本番で全員が頑張って、見事な応援で観衆に感動を与え、勝った!あの時、全員が感動で涙を流した。よっちゃんが輝いた一瞬だった。

終わったら「母さん、ぼくね、あの笑っていいとものテレビに、いつか出るから楽しみにしていて!」と言った。

私には、想像も出来ないことばかり言ってくる。「母さん、僕、田舎に生まれたけど田舎では住まないからね。都会が好きだから、学校も都会へいくから、よろしく頼むね」と私の肩をポンと叩いた。

自分の意思が通らないと反抗的で刺すような目付きをしたが、時々無邪気でかわいいよっちゃんになるから、本当に不思議な子だと思った。言ったことは、とことんやり抜き、やり通す意志の強さを持っていた。

「僕は、名古屋の高校に行くよ、よろしくね」とにこっと笑った。

「えっ~そんな有名な高校?名古屋の私学は難関だよ!倍率が岐阜とは違うよ」と思わず言ってしまった。

主人に話したら「やらせてみよ。田舎の坊主が挑戦するんだから、お前も協力してやれ!5厘のくりくり坊主に耐えたくらいだから、やるかもしれんぞ~楽しみにしていたらいい」とほほ笑んだ。

子供がたくさんいるということは、スリル満点。家族は運命共同体なのだ。私も覚悟した。

子供達が何を言い出しても対応出来る母親に成長させてもらえることに気付いた。 よっちゃんは、見事難関を突破して、名古屋の有名な男子校に合格した。

きっとんとん~やったぁ~
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第十六章『巣立ち』

よっちゃんは、中学一年生の頃から「僕に勉強しろと言わないで欲しい。言われてもやれるものではないし、自分で決めていくから何も言わないで!」と言った。

「なるほど~」とは思うものの、実行はなかなか難しいことだった。

テレビを見てケラケラ笑っていたり、ゲームを何時間もやっているとつい「いつまでゲームやっているの。いい加減にしなさい!」と、怒鳴りそうになった。

「いやいや、ここで怒ってみても何の効果もない。辛抱~辛抱~」と自分の心との戦いだった。「待つ、ただただ待つこと」と自分で自分に言い聞かせ、心のバランスをとるようにした。

そのうちに、数学の難しい問題に取り組むようになった。問題が解けないと座り込んで考えている。新聞のチラシの裏に懸命に計算をして、問題が解けるまでやっている。

「夕ご飯ができたよ~」と言っても返事がない。見に行くと数学の問題とにらめっこ~あまりにも、真剣なその目は、小学校一年生の時に、読書感想文を完成させた時のあの目だった。自分の力の限界に挑んでいく子だと確信した。

受験をする前には、そこの学校に通っている河村君に電話して色々聞いていた。河村君は、その後、東大理三(医学部)に現役で合格して「日本の天才」という本にも掲載された素晴らしい高校生だった。私の友人の息子だった。

「もしもし、ぼくよしひとだけど教えて欲しい事があります。ヘアスタイルは?靴はどんな色?鞄は?校則は厳しいの?」と詳しいことを、次々に質問していた。

「あっ、よっちゃん~心配しなくていいよ。やるべきことをきちんとやれば校則は大したことないよ。男ばかりでおもしろいよ!」と一時間以上も、楽しそうに話をしていた。

この電話のあとで「決めた!僕が行きたい高校が見つかった!名古屋に行きたい」と言った。家族で話し合いをした。みんなの意見を聞いてみた。兄達は口々に「よしひとは、校則の厳しいところだと合わない」と言った。主人は「本人の希望するところに行かせよ」と一言。 こうして「合格」という切符を見事に手に入れ、この家から巣立ち、名古屋へと向かうことになった。田舎のよっちゃんが都会へと飛び立った!

きっとんとん~ばいばい(^-^)/~ ~
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第十七章『自分で自分をほめる』

田舎生まれのよっちゃんは、生まれて初めてよその家で生活するようになった。賄い付きの下宿生活が始まった。

この時初めて、父親に感謝できたと言った。大家さんが親の役目をして下さった。ある日、よっちゃんから電話が入った。

「もしもし、母さん?今月は、電気代がただになったよ」

「えっ、どうして?」

「僕さぁ、電気付けっ放しで、お父さんによく怒られていたので、廊下の電気やトイレの電気をこまめに消していたの」

「そうだったの。お父さんは、いちいち細かい事をうるせいなぁ!と言ってたよね」と私は答えた。

「うん、あの時は、叱られてばっかりやったから、むかついたよ」と言った。「それがさぁ、大家さんに褒められたんだよ。水谷君のお陰で、電気代が節約出来たから、今月はただでいいよだって!」声が弾んで明るかった。「それからね。僕が、大家さんに、いつも挨拶してたら,えらい!って褒められたんだよ」

「まあ、うちでは、お父さんからもお母さんからも、怒られてばっかりいたよっちゃんが、褒められてばっかりいるんだねぇ~」と言ったら、「よく怒ってくれてありがとう!家から離れてみて、やっと家族っていいなぁと思えるようになったよ。」

高校の校風が彼には合っていたらしく、伸び伸びと楽しくて過ごすことができた。

ある時、懇談会の為に高校へ出かけた。その前に下宿へ行き、掃除をする為によっちゃんの部屋に入った。窓ガラスに各教科の得点が書いてあって、その横に太い字で「よっちゃん☆50番以内おめでとう!よくやった!次回は30番以内を目指せ☆」と書いてあった。

その文字を何回も読んでいたら、涙がこぼれ落ちた。田舎の学校から運良く合格できたけど、勉強がついていけるのだろうかと心配していた。学年で50番以内だなんて、私は考えた事もなかった。きっとその喜びを伝えたくても、下宿に帰っても家族がいないので、自分で自分を褒めていたのだろう。多分一生懸命勉強して、机にもたれたまま寝てしまう事もあっただろう。

ガラス窓にそんな彼の姿が写し出され、私はしばらくそのまま立ちつくした。家から離れて生活するということが、果たして良かったのかどうか自問した。何だかかわいそうだと思ってしまった。涙を拭いて高校へ行ったら、よっちゃんが友達と楽しそうに話していたので、ほっとした。

私を見つけて「ヨォッ!」と右手をあげてにっこりしたので、私も思わず手を振った。

きっとんとん~びっくりこっこ~
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第十八章『女の子』

三者懇談会で、学校での様子を伺った。

先生は「やるべきことをきちんとやっているから、心配はいりませんよ。友達も出来ていますよ」と言われた。

「先生、うちの子はヘアスタイルにこだわって、自分でデザインして栄の美容院へ行っているようです。あんな富士山のような頭をしていますがよろしいんでしょうか?」とこわごわ尋ねた。

「アッハッハ!お母さんそれくらいは、許してやってください。この学校は勉強がきついんで、楽しませてやってください。うちの生徒達は、誇りを持っています。大丈夫です。息子さんを信じてあげてください」と言われた。

私は嬉しかった。

この高校の校庭を歩きながら、「私が手を焼いてきた大事な息子を入学させていただいてありがとうございました。無事卒業させてやって下さい」と深く校門に頭を下げた。

「よく頑張っているんだね。あなたにぴったりの高校だね。母さん、安心したから家に帰るね。風邪ひかないようにね」と言った。

「よしよし、母さんも頑張れよな!」と言って、私をハグしてくれた。

あれほど私の心を振り回したよっちゃんは、この高校三年間で見事に大きく成長した。自分に合った居場所探しが、とっても大切だと気づいた。私よりうんと背が高いので、たくましく思えた。

お正月の元旦には家族全員が集まり、主人の実家と私の実家に、行くことになっている。

その時、よっちゃんはおばあちゃんをハグし、頭をなでながら、「おばあちゃん、長生きしてね。また来るからね」と言う。若い孫に抱き締められた母は一瞬で、幸せそうな笑顔に変わる。83歳になった母は、いつもハグされるたびに「また、来年まで生きたいな」と呟く。

大人になったよっちゃんは、今でもおばあちゃんをハグする。この子はちょっと日本人離れしていると思った。

夏休みに家に帰ってきたとき時に彼の友達から電話がかかった。

「何かあったの?」ときくと「友達が女の子と付き合う事になったんだけど、どんな話題で話したらいいか聞いてきたんだよ」と答えた。

「えっ!女の子と話したことがないの?」と驚いて聞いた。

「そうだよ。僕は高校受験で入ったんだけど、他の子は中学校からこの学校に来てるの。だから、女の子と話したことがない子がいっぱいいるよ」

「そうだったねぇ~男子校だものね。あなたは何て答えたの?」と聞いたら「別に女の子って、特別に意識しないで、普通に話せばいいよと言ったよ」と答えた。

「なるほどねぇ~」と言うと「母さんがミニバラやっててくれて助かったよ。塾に女の子がいっぱい来るから、僕は女の子と普通に話せるようになってたよ。ありがとう」と頭をペコンと下げた。 そう言われてみると、男の子ばかり4人なのに、塾生はかわいい女の子が多かった。英語が中心の塾だったからかもしれない。

きっとんとん~ドキドキ~
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第十九章『夢実現』

よく遊び、よく学んだ3年間が瞬く間に過ぎ、希望の大学に入学出来て大喜びだった。

よっちゃんは田舎で生まれたのだが、大都会が好きだった。岐阜から名古屋へ、そして今度は、更に翼を広げ東京へ翔んだ。次男が既に東京の大学に行っていたので、一緒に住むことになった。大都会が水に合ってるのかますます元気になっていった。

時々、下宿に尋ねて行くと、部屋はちゃんと片付いていた。

そしてメモが残されていた。「ようこそ!僕の部屋を勝手に掃除しないで下さい。この前、母さんが掃除してくれた時に、小さいアクセサリーが無くなってしまい、困りました。母さんがゴミだと思っても、僕にとっては宝物なんです。よろしく頼みます」

どうやら「こんなもの!」と私が思っても、大切なものらしい。

せっかく、下宿に行ったのに会えない日もあった。研究室で泊まってやらなければならない事があったようだ。次男も大学が終わるとバイトがあって、なかなかゆっくり話せなかった。

その頃、長男は大学が名古屋の方だった。よっちゃんは高校生の時は長男の下宿に泊まって、学校に行った事もあった。

今度は、次男と一緒に生活することになった。男同士なので、あっさりしているので、一緒に住んでいても「今日、お兄ちゃん、何時に帰ってくるの?」と聞いても「知らないよ」と言った。

女の子の姉妹とは違うんだと思った。私には、二人の妹がいるが何でもお互いに話してきた。 それぞれが、こうして大人になってきたので、親として願うことはただひとつだった。兄弟仲良くして、困った時には、助け合ってほしい~ そして、それぞれのパートナーが仲良くしてくれることを願うのみだった。

きっとんとん~あっ、ない~
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第二十章『愛を形に』

人は愛を学ぶ為に生きていると思う。4人の息子達が「素敵な愛」に恵まれるように育ててきたつもり~。

ある時はぶつかりながら、またある時は悩みながら、子供達と向き合ってきた。そのつど真剣だったから、泣きながら怒ってしまった事もある。おもしろいもので母親より背が高くなってくると、時には子供扱いされてしまう。

言い争ったあとは「さなえちゃん、すねてるの?こんなことで怒るなんて、大人げないよ…」と言われた。そんな事言われると思わず吹き出してしまった。こうしてあっと言う間に、子育てが終わった。

あと根気よくやらねばならないと思ったこと。どうしたら女の子に「魅力的ね(o^-')b」と言われるのか? もうひとつは、「女の子を追いかけるのではなく、追いかけられる男になるといいな」と思った。

まずは電話作戦から始めた。 「もしもし、よっちゃん、今日は一体何の日でしょう?お答えください。はぁい。そうです。今日はお母さんの誕生日でした。お祝いの品を今か今か今かと待っています」と、留守電に入れておいた。 しばらくすると電話があった。留守電がしゃべり始めた。「はい。おめでとうございます!元気なよっちゃんからの「声だけのプレゼント」と~。 私は留守電を聞いてあっけにとられた。よっちゃんの愛は、「元気な声」という形無きプレゼントだった。

きっとんとん~プレゼントだよ~
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第二十一章『有言実行』

社会人になるまで、私に「元気な声だけプレゼント」として「おめでとう」という電話をくれた。健康で元気が一番幸せなことだと、教えられた。離れて暮らしていると、色々心配なことばかり。「ちゃんと食事はしているのかしら~?」「ちゃんと大学に行っているのかしら?」 心配すればきりがないので、お守りを渡そうとした。

「僕は、大丈夫だよ。お守りはいらないよ。自分の力で生きてゆくんだから~僕の分は祈らなくっていいよ」と断られてしまった。

「そうだわ。この子は理数系の頭だから、こういうものは必要じゃあないんだわ」と私もそう思うことにした。

ある日のこと。朝から何だかよっちゃんのことが気になって仕方がない。

「東京に電話してみようかしら?」「でも、別に用事もないし~」迷っていたが、やはり、胸騒ぎがして電話してみた。

「何で電話したの?」と聞いたので「別に用事は無いけど、朝から何だか良くない胸騒ぎがしたから、大丈夫かな?って思って電話したの」と答えた。

「えー、びっくりだなぁ~。大丈夫だじゃあないんだよ。今、困っていたところなんだ…」と溜め息をついた。

「何かあったの?」と聞くと財布の入ったカバンを盗まれてしまったとの事。生活費を銀行から下ろして、そっくりそのまま取られたそうだ。カードも貴重な物も全部取られたとショックを受けていた。

「母さん、やっばり僕の分も祈ってね。お守りももらうよ」と言った。

(10年後の昨年、彼の部屋を尋ねたら、婚約者の藍ちゃんが「よしひとさんの大切なコーナーです」と言って、開いてくれた所に、お守りが大切に飾ってあった。胸にジーンときた。この時の苦い経験が財産となったのかもしれない。 )

その後「今、アルタで予選が通ったので、テレビに出るから見て!」と嬉しそうな電話の声だった。

「なんていう番組なの?」と聞いたら「笑っていいともだよ」

そういえば、中学一年生の時に、そんなことを言っていた。テレビのスイッチを入れたら、本当にタモリさんと並んで映っていた。

きっとんとん~あっ、よっちゃんがテレビに!
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第二十二章『テレビに出る』

中学生の時に「笑っていいともに出るから、楽しみにしてて」と言われたことを思い出した。

いつも、よっちゃんは、私の想像を遥かに超えた所で生きてゆくんだなぁと思っている。

「何でテレビに出れたんだろう」と思いながら、テレビを見ていた。その頃、サッカーで大活躍していた「中田英寿のそっくりさん」として出演できたのだった。

そういえば中田さんが調子良くて、活躍している時は「頑張っているね」と言われるが、悪い時は、電車に乗った時も叱られたそうだ。「僕、中田英寿ではありません。水谷です」と言っても信じてもらえなかったと言った。

東京だけでなくイタリアへ旅行した時も、中田さんのファンに取り囲まれたそうだ。彼は外国でも人気者だった。

「僕が中田の真似をしているんじゃあないよ。僕の方が彼より、一年早く生まれているんだから~」と私に言っていた。何が幸いするがわからないものだ。「中田英寿」に似ていることで、困っていたのに、そのことでタモリさんの番組に出るという夢が叶った。

テレビの中のよっちゃんは、とっても嬉しそうだった。 それから社会人となって、お金を貯めてニューヨークの専門学校に入った。そこでも運良くアメリカのテレビに出れたそうだ。

ニューヨークの専門学校に入るのは、「9.11ニューヨークテロ事件」があったばかりだったので私は反対した。

「お金も出来たし、僕の夢を叶えさせてほしい~。迷惑かけるようなことはしないから~。死ぬ時は、どこにいても死ぬんだから~」私がどれだけ反対しても聞いてくれなかった。

主人は「もう大人なんだから、信じてやれ」と一言だけ~。母親の気持ちというのは、やっかいなもの~。分かっていても心配してしまう。私の反対なんか関係なく、よっちゃんは、またもや、さらなる大都会ニューヨークへ飛び立った。

きっとんとん~ニューヨークへ~
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第二十三章『夢から現実へ』

よっちゃんは次々に夢を現実にし、一年と2ヶ月ほどのニューヨーク生活を終えて帰国した。

専門学校は、語学とヒップホップダンスを習う事が目的だった。ダンスを学び代表に選ばれた。そして、ペアを組んでダンスコンテストまで出場出来たそうだ。 貴重な体験をしながら、「自分のダンスが、ゲームソフトの中に入った」と誇らしげに話してくれた。「母さん、アメリカのゲームソフトに僕の名前が入れられんだよ。すごいことなんだよ」と言う。

輝いた目で喜びを伝えてくれる彼の顔を見ていたら、「これで良かったんだ」と思った。小さい頃から、じっくり冷静に考えるのだが、決断すると熱く燃え上がるようだ。

「自分で決めたことは、自分で責任をとるから心配しないでほしい」と言った。

「うん、分かったよ」と言ったら
「物分かりがよくなったねぇ~原始人から進化してるじゃん」とにこっと笑って「その調子~その調子♪」と私の頭を撫でた。

個性的なよっちゃんにはとても、私の頭脳ではついてゆけない。今は外資系のIT関係の会社に勤めている。服装も勤務時間も日本の企業より自由のようだ。自分に合った会社にお世話になれた。後は、自分に合ったパートナーを探して欲しいと思った。

彼が自由に夢にチャレンジしているうちに、長男次男は家庭を持ち、4男はお付き合いをしている女性がいた。ある日、よっちゃんから電話が入った。 「父さん母さん、僕はこれから彼女を探さなくてはいけないので、結婚はお先にどうぞと弟に伝えて…」

きっとんとん~お先にどうぞ~
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第二十四章『運命的な出逢い』

主人と私に話した後に、「母さん、あきひさに代わってくれよ…」と言ったので「いいよ、どうして?」と聞いてみると、「ちょっと話したいことがあるから~」と答えた。

電話が切れたので、4男に聞いてみた。「何か言われた?」

「うん、父さんや母さんは上から順番に結婚してほしいらしいが、お前の方が早く出会いがあったんだから、気にしなくていいよ。お先にどうぞ!」と言われたそうだ。 そして、「のろのろしていると他の人にかっぱらわれるぞ!」とカツを入れられたということだった。

それを聞いて微妙な気持ちになった。

お正月に家族全員集まった時、よっちゃんだけ一人だと「寂しくならないんだろうか?」と心配した。母親の気持ちというのは「複雑だなあ~」と改めて感じるのだった。主人にそのまま話したら「お前はどこまで馬鹿なんだ。もう子供じゃあないんだ!ほおっとけ…」と叱られた。「何回言われたらわかるんだ!子供扱いするな」とまたもや叱られた。私は「男の子の母親って何て割りが合わないんだろう…」と独り言。息子に叱られ、主人に叱られる。怒られても、叱られても、それでも子供のことが心配になる。いつもやっかいな気持ちが、右往左往している。

そんな私をみていた主人は、三男に「いいか、弟が結婚する前に、パートナーを見つけて、一緒に住むようにせよ!結婚でも同棲でもそれは、自由。一日でも良いから、先にスタートするんだ~」と言った。

私は突然のその言葉に驚き、あっけにとられた。 よっちゃんは驚きながらも、「分かったよ。考えてみる」と答えた。不思議な事に、その後、よっちゃんに運命的な出逢いがあり、7ヶ月後に同棲した。

「えっ、同棲?」と私は驚いたが、主人は「相手のご両親が許して下されば、いいんじゃあないか?」という。幸いな事にご両親に許され、二人の生活が始まった。それは、4男の結婚式の2ヶ月前の事だった。

きっとんとん~念ずれば花開く~
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第二十五章『プロポーズ大作戦』

昨年の秋に、よっちゃんから国際電話が入った。

「母さん、東京へ行かないの?」

「行くよ。孫に会いに行くよ」と答えた。

「じゃあ、あいが待っているから遊びに行ってやってくれない?」と言われた。

「えっ!私に?ところであんたは今、どこにいるの?」と聞いたら、

「ドイツだよ。もうすぐアメリカへ飛ぶよ」

「そんなぁ~あんたがいないのに~かわいそうよ~」と答えた。

「でも、あいが会いたがっているから行ってやってくれ」と言われた。

「嬉しいことだね。じゃあ、行くよ」と言い、東京へ向かった。

東京駅であいちゃんと待ち合わせをしてから、二人が住んでいる部屋に案内してもらった。落ち着いた空間だった。大学生の頃から大切にしている黒い犬の置物もちゃんと引っ越しして来ていた。

置物の黒い犬に「いつもよっちゃんの側にいてくれてありがとうね」と頭を撫でながら、お礼をいった。

部屋をみるとビリヤードがあったので驚いた。

「すごい!以前からビリヤードやってみたかったわ」と言うと「お母さん一緒に遊びましょう」とあいちゃんが、にっこり微笑んだ。

それから、二人は夢中で遊んだ。私は4人の息子達に心から感謝した。それぞれが姑を遊んでくれる嫁さんを連れて来てくれた。また、孫達も私を遊んでくれる。 ありがたや♪ありがたや♪

「今年の4月29日にあいちゃんにプロポーズするから~」と電話がかかってきた。

「良かったね!おめでとう」と言いながら嬉しい気持ちでいっぱいになった。プロポーズの言葉とその方法に感動したあいちゃんから、すぐによい返事をもらって、結婚することになった。

5月4日にあいちゃんのご両親にお目にかかり、一緒にお食事ができた。二人から、あいちゃんのお母さんと私に「母の日」のプレゼントを渡された。そして、出逢いから15ヶ月目の4月29日に「プロポーズ大作戦」と題してインターネットからプロポーズしたそうだ。よっちゃん流で、あいちゃんを感動させてからプロポーズをしたらしい。その様子をあいちゃんが、目をキラキラさせて話してくれた。

天国でひとつの魂だったものを、地上に降りるときに神様がふたつに切り離し、ぽんぽんと別の場所に投げ入れてしまう。ひとつの魂からできていた二人は、別々の時間に離れた場所で生まれ、やがていつか再び巡り会い恋におちる…。 というふうに、よっちゃんの「プロポーズ大作戦」が始まっていた。3日間考えたそうだ。

よっちゃんらしく、しっかり準備をして、しっかりとした人生設計で歩んでゆくことだろう。あいちゃん、よっちゃんをよろしくね(o^-')b また、一緒に遊びましょうねヽ(*^‐^)人(^-^*)ノ 乾杯(^-^)vおめでとう!再び、巡り会えて良かったねえ~。この感動をいつまでも忘れないで下さい。

きっとんとん~ヤッタァ(^-^)v~よっちゃんの巻おしまい(^-^)/~ 長編作品を最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
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